今夏、リバプールが新たに迎え入れたのは、21歳のハンガリー代表左サイドバック、ミロシュ・ケルケズ。ボーンマスから4000万ポンドで獲得された若き逸材は、その圧倒的な運動量とフィジカル、そして屈強なメンタリティで、ピッチでトップクラスのパフォーマンスを披露し続けている。
リバプールはアンディ・ロバートソンやコスタス・ツィミカスらの年齢が高まってきた左サイドバックの世代交代を進める中で、ボーンマスで評価を高めた21歳のディフェンダーに白羽の矢を立てた格好だ。
ドミニク・ソボスライとも仲の良い、セルビア出身・ハンガリー代表の若きタレントはいかにしてプレミア王者の一員へと上り詰めたのか…その道のりを振り返る。
原点はセルビアの片隅…兄たちと育んだサッカーへの情熱
ミロシュ・ケルケズは2003年11月7日、旧ユーゴ圏のセルビア・モンテネグロ時代に、ヴォイヴォディナ自治州の小さな町ヴルバスで生まれた。家族は決して裕福ではなかったが、両親と兄たちに支えられながら、路地裏でサッカーに打ち込んでいた。
ケルケズは「兄たちと遊ぶために、通りを封鎖してまでサッカーをしていた」と語るほど、サッカーへ情熱は目覚ましいものがあった。兄のラデとマルコ(後者はプロ選手)と共に、転倒しながらもボールを追い続けた幼少期が、彼の根っこを形成した。
実は彼は当初、競泳選手を目指していた。だが8歳の頃に水泳を辞め、ピッチへと活動の場を移す。泳ぎで養った体幹や筋力、規律は、のちのタフで持続力のあるプレースタイルに大きな影響を与えた。
地元クラブOFKヴルバスで基礎を学んだ彼は、12歳で家族とともにハンガリーへ移住。この時点で既にサッカーへの強い意志が芽生えており、国境を越えた環境にも動じることはなかった。やがて、オーストリアの名門ラピード・ウィーンのユースに加入。ここで5年間、欧州基準の育成環境に触れながら、着実に才能を磨いていく。
ACミランも認めた17歳の若武者

2021年1月、まだ17歳になる直前のケルケズに転機が訪れる。当時ACミランのスポーツディレクターを務めていたパオロ・マルディーニが、本人へ直接電話をかけ、クラブのビジョンを熱く語ったという。
ケルケズ自身も「マルディーニから電話が来たら、もう断る理由はない」と語る通り、迷わずロッソネリへの加入を決意。同年2月には移籍が完了し、イタリア屈指の名門に身を置くことになった。
ただし、その道は決して平坦ではなかった。ミランではプリマヴェーラでの出場が中心で、トップチームでの公式戦出場は叶わなかった。だが、ズラタン・イブラヒモビッチやテオ・エルナンデス、オリヴィエ・ジルーといった世界的スターとトレーニングを重ねた経験は、確かな糧となった。
才能に溢れる若者ではあったものの、当時の彼にはまだフィジカル的、戦術的な課題が残っていた。本人も「日々がサバイバルだった」と回顧し、出場機会を求めて次のステップへ踏み出すことを決意する。
オランダ・AZアルクマールでの飛躍

ケルケズが真価を発揮したのは、2022年1月のAZアルクマール移籍後だった。当初はU-21チームでの起用が予定されていたが、練習初日から首脳陣を驚かせ、即トップチームに昇格。ここから彼の急成長が始まる。
初のフルシーズンとなった2022-23シーズンでは、公式戦52試合に出場し5ゴール7アシストを記録。エールディヴィジでの安定した守備、そして大胆な攻め上がりが注目を集め、UEFAヨーロッパカンファレンスリーグではチームをベスト4に導いた。
ケルケズを「ゴールデンボーイ賞に相応しいフルバック」と称賛。その活躍を受けて、2023年夏にはボーンマスが1550万ポンドで獲得に乗り出し、プレミアリーグ挑戦が現実のものとなった。
24-25シーズンには、アンドニ・イラオラ監督の下でリーグ戦28試合すべてに出場。リーグ全体でスプリント回数5位、総走行距離10位、そしてオーバーラップ回数で1位(237回)という驚異的な数字を記録。左サイドからの攻撃力は、プレミアでも際立った存在となった。
守備面でもタックル成功率56%を維持し、ボール奪取能力や1対1の強さが評価されている。トーマス・タヴァーニエへの鋭いクロス、マンチェスター・シティ戦でのアブドゥライ・セメンヨへのアシストなど、要所での決定的なプレーも光った。
5カ国語を操る異文化の橋渡し役

ハードワーカーとしての顔の裏には、もう一つの魅力がある。ケルケズは、セルビア語、ハンガリー語、英語、イタリア語に加え、ドイツ語も操る語学堪能なプレーヤー。多国籍のロッカールームでも自然とリーダーシップを発揮できるのは、この語学力が背景にある。
彼のルーツは、父がセルビア系、母がハンガリー系というバックグラウンドにある。英『BBC』の特集では、「セルビアの闘争心とハンガリーの技術的な繊細さが同居する稀有な選手」と評されている。
また、彼はオフの日になるとスマートフォンを置き、自然の中で静かに過ごすことを好むという。セルビアの森で釣りをしたり、焚き火を囲んで星空の下で眠ることで、サッカーの喧騒から心を解放している。
「将来は湖を持ち、そこに魚を放ち、静かに暮らしたい」その言葉からは、彼がいかに内省的で、バランスを大切にする人間であるかが伝わってくる。
ロバートソンの後継者として、リバプールへのステップアップ
アルネ・スロット監督のもと、リバプールはプレースタイルを刷新する最中にある。その中で、この夏に加入したケルケズのようなタフで機動力のある左SBの存在は、戦術的な幅を広げる重要なピースとなる。
シーズン中からアンフィールド行きを希望し、一貫してリバプール移籍を志願し続けた。右サイドバックには、ジェレミー・フリンポンが加わり、コナー・ブラッドリーと新たな時代に突入しており、スロット体制でサイドバックの世代交代が遂行された。
トレント・アレクサンダー=アーノルドとロバートソンの欧州を代表するサイドバックの再現なるか。10代の頃から将来を嘱望され、オランダとイングランドで飛躍を遂げた21歳DFは、世界的な名門クラブでも実力を証明しながらも、さらなる成長を手にいれることができるのだろうか。
