スティーブン・ジェラードやジェイミー・キャラガーらを擁して、チャンピオンズリーグを制覇したリバプールを率いたラファ・ベニテス監督。就任初年度で偉業を達成したスペイン人指揮官は、2010年までアンフィールドに残り、350試合で指揮を執った。
その在任期間において、様々な選手を獲得し、様々な選手を売却してきた。ベニテス監督は当時、チームを強化させるためにいろんな選手に注目しており、ステヴァン・ヨベティッチやアーロン・ラムジー、ガレス・ベイルの獲得に失敗していたと告白した。
「トム・ヒックスとジョージ・ジレット時代、(ステヴァン・)ヨベティッチと契約したかったが、彼は1600万ポンドだった。」
「私の頭の中では、選手を売却して3400万ポンドを得ていたが、お金がないと言われた。」
「フィオレンティーナと対戦し、2-0で敗れた試合で、ヨベティッチは両ゴールとも決めた。この選手と契約したかったが、お金がなかった。」
「カーディフ・シティでプレーしていたときに、アーロン・ラムジーを獲得したくて、150万ポンドのオファーを出したが、カーディフはFAカップに出場していたので待ってほしいと言われた。でも、彼は17歳だったので、決断せざるを得ないと伝えたんだ。」
「もう一度彼と契約しようとした時、アーセン・ヴェンゲルは100万ポンドを支払ったが、我々は彼と契約できなかった。」
「サウサンプトンで17歳だったガレス・ベイルは、私たちが注目していた半年後にトッテナムが800万ポンドを支払ったが、太刀打ちできなかった。」
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ラムジーとベイルに関しては、以降ウェールズ代表で黄金時代を築くだけではなく、それぞれアーセナルとトッテナム・ホットスパーで世界的なプレーヤーに変貌を遂げた。もしも本腰を入れて獲得に向かっていたら、という妄想は尽きない。
一方で、当時のリバプールはいまほど整った状態だったとは言い切れず、若手育成も整備されていなかった印象が強い。よって、アンフィールドに移っていたら才能が開花しなかった可能性もあり、あくまで “タラレバ” なストーリーではある…