アンフィールドへの移籍切符を破り捨てたドゥイェ・チャレタ・ツァルの後悔とは!?

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アンフィールドへの移籍切符を破り捨てたドゥイェ・チャレタ・ツァルの後悔とは!? キャリア

アルネ・スロット体制下でプレミアリーグのチャンピオンズリーグ出場権争いを演じるリバプールは、今冬の補強を最小限に留め、現有戦力への絶対的な信頼を示した。しかし、この安定感を手にするまでには、いくつもの劇的な分岐点が存在した。

その中でも、ファンの間で今なお語り草となっているのが、5年前の冬に起きた拒絶劇。当時、守備崩壊の危機に瀕していたリバプールからの救いの手を自ら振り払った男、ドゥイェ・チャレタ・ツァル。

彼の決断とその後のキャリアの変遷は、移籍市場という巨大なギャンブルにおいて、一瞬の判断がどれほど残酷な格差を生むかを白日の下にさらしている。

2021年1月のマーケット最終日、リバプールはまさに絶体絶命の淵に立たされていた。フィルジル・ファンダイク、ジョエル・マティプ、ジョー・ゴメスという守備の柱が次々と長期離脱を強いられ、ユルゲン・クロップは本職ではない中盤の選手をディフェンスラインに並べる苦肉の策を強いられていた。

この緊急事態を打破すべく、スカウティング部門がリストの最上位に掲げたのが、オリンピック・マルセイユで圧倒的な存在感を放っていたドゥイェ・チャレタ・ツァルだった。当時、2018年ワールドカップでクロアチア代表として準優勝を経験した彼の評価は急上昇しており、リバプールは即戦力として彼をマージーサイドへ連れて行くための準備を整えていた。

しかし、交渉の最終局面でドゥイェ・チャレタ・ツァルが下した決断は、世界中のサッカーファンを驚かせた。英『The Athletic』などが報じた舞台裏によれば、リバプールは正式なオファーを提示し、選手本人も一時はイングランドへの渡航を意識していたという。

だが、最終的に彼はマルセイユへの忠誠を優先し、フランスの地に留まる道を選んだ。リバプールのような偉大なクラブからの関心に誇りを感じると述べつつも、シーズン途中でチームを見捨てることはできないという彼の姿勢は、一見すれば美談として受け取れるものだった。

だが、この選択が彼のキャリアにおける最大の転換点となり、その後の没落への入り口となった事実は否定しようがない。リバプールはこの拒絶を受け、急遽プレストンからベン・デイヴィスを完全移籍で、シャルケからオザン・カバクをローンで獲得する代替案に走った。

さらにナサニエル・フィリップスやリース・ウィリアムズといった若手が台頭し、チームは辛くもチャンピオンズリーグ出場権を死守することに成功。一方で、ドゥイェ・チャレタ・ツァルが選んだ道は険しいものだった。

2022年に念願のプレミアリーグ挑戦を果たすものの、その行き先はリバプールではなく、残留争いに喘ぐサウサンプトンだった。セインツでの1年目はわずか19試合の出場に留まり、チームは最下位で2部降格を喫した。

とはいえ、リバプール移籍を成し遂げていたとしても、その後の成功が約束されていたわけではない。ファンダイクやマティプ、ゴメスらが翌シーズンには復帰しており、イブラヒマ・コナテの加入も相まって、ベンチに追いやられていた可能性は高い。

あくまで緊急補強としてのオファーであったことは間違いないが、当時の評価を高めていたクロアチア代表のセンターバックがもしもアンフィールドに降り立っていたら、どのようなプレーを披露していたのだろうか…?

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