10年来のヨーロッパサッカーファンであれば、マッティア・デ・シリオの名前を覚えているのではないだろうか。若くしてACミランのトップチームデビューを飾り、その将来を嘱望されていたディフェンダーだ。
セリエAでもイタリア代表の未来を担う逸材と見られていた。同国代表では通算40試合でピッチに立ったものの、成長曲線は思い描いていたものとは異なった。ミランでは133試合に出場するも、徐々にACミランとの関係値は悪化していったことを告白。
さらに、2017年にユベントスに移籍した際には、リバプールからも声が掛かっていたことも吐露。最終的にはイタリアに留まり、古巣クラブに対してリベンジを果たせたと語った。
「子供の頃、インテルでプレーしていた可能性もあった。」
「トライアウトに呼ばれたのだが、身長が低すぎるという理由で落選してしまった。そのすぐ後にミランが声をかけてくれ、ユースチームを経て、18歳でチャンピオンズリーグ・デビューを飾るまであそこで過ごしたんだ。」
「一部のファンやメディアは、その状況における戦犯を僕だと決めつけ、誰もが批判の種を見つけようと、僕が些細なミスを犯すのを待ち構えていた。」
「SNSのアカウントは侮辱や酷いコメントで溢れかえった。自分は常にプロとして正しく振る舞ってきたつもりだったので、なぜそんなことが起きるのか理解できなかった。」
「70分の時点で2点ビハインド。そこでモンテッラは僕の交代を決めた。腹が立ったよ。あの交代だけは今でも理解できない。チーム全体が陥っていた苦境を隠すために、僕がスケープゴートにされたようにしか思えなかった。」
「ピッチを去る際、スタジアム中にブーイングが鳴り響いた。あの日、僕はもうこれ以上は続けられないと悟ったんだ。ミランでの物語は終わったのだと。」
「リバプールも僕を求めてくれたが、最終的にはユベントスを選んだ。アッレグリが指揮を執っていたし、チームも非常に強力だったからね」
「チャンピオンたちが揃うロッカールームに身を置き、主役の一人として欧州の舞台で戦うことは、苦しい時期を過ごした後の素晴らしいリベンジになったよ。」
Calciomercato
セリエAでの成長ぶりを見るに、プレミアリーグに移籍していたとしても成功を収めていたかどうかは怪しい。決してフィジカルに優れた選手ではなく、少しずつ激しさを増していたイングランドサッカーに適応できていたかは疑問が残る。
いずれにしても、ユベントスでキャリアを再興させるも、その後はリヨンやエンポリでのレンタル移籍を繰り返し、昨年の夏にはフリーになった。まだ引退表明をしておらず、所属先なしの状態が続く中、33歳になった元神童は、今後どのようなキャリアを歩むのだろうか…?
