1990年6月17日、イングランド北東部サンダーランドのヘンダーソン家に未来のリバプールキャプテンが産声をあげた。イギリス英語といえど、訛りが強く、理解するにが難しい。観光名所にも乏しく、近くに位置するニューキャッスルの方が日本人には知名度が高いかもしれない。
ヘンダーソンは8歳でサンダーランドユースに入団。順調にアカデミーで成長を遂げ、2008年チェルシー戦でデビューを果たし、順風満帆なサンダーランド時代を過ごす。トップチームでも徐々に信頼を勝ち取り、2009-10シーズンからはレギュラーに定着し、イングランドの期待の若手として取り上げられるほど、注目を集めた。
サンダーランドからリバプールへ
トップ4として君臨するリバプールからオファーを受け、21歳の夏にサンダーランドから移籍する。当時のリバプールは共同オーナー陣の対立やチーム運営のチグハグさが見え隠れしており、チームとして明確な指針を示せてはいなかった。それでも、生え抜きのジェラードやキャラガー、働き者カイト、冬の移籍市場で獲得したスアレスなどの個人の活躍で、トップチームとしてなんとかやりくりしていた。
ヘンダーソン個人としても、ポジションが固定されず、さらにジェラードとの比較に苦しむ日々が待ち受けていた。右サイドハーフやセンターミッドフィルダー、右サイドバック…様々なポジションを経験し試合にこそ出場するものの、地位を確立するには至らず、ジェラードの陰に隠れる存在でしかなかった。有名な話だが、一時は移籍候補にあげられ、クラブから移籍を勧められた経験も持つ。
中心メンバーへ成長
そんなヘンドー(突然の愛称)には、2015年ふたたび転機が訪れる。
ひとつはジェラードの退団に伴い、キャプテンに任命されたこと。シュクルテルやエムレ・ジャン、ルーカス・レイバなどリーダーシップ溢れるメンバーを差し置き、リバプールのキャプテンに。長年リバプールを引っ張り、チャンピオンズリーグを制覇した立役者であるジェラードの後釜はプレッシャーしかなかったが、真面目なヘンドーが適任であっただろう。
もう一つの転換点はユルゲン・クロップの監督就任だ。2015年10月、ノーマル・ワンがリバプール監督に任命され、ブレダン・ロジャースの跡を引き継いだ。ドルトムント時代からゲーゲンプレスを主軸としたカウンターサッカーが、ヘンダーソンにはぴったりと合った。イングランド人らしい激しいプレースタイルに、疲れ知らずに走れる体力、周りを鼓舞し続ける姿勢は、まさにクロップサッカーの体現者であった。
明確なプレースタイルを得たリバプールであったが、改革までは時間を有した。マネやワイナルドゥム、サラー、ロバートソンを獲得する一方で、アーノルドやゴメスの若手を成長させつつ、既存選手だったフィルミーノやミルナーに新たな役割を与え、チームとしての厚みを毎年プラスしていく。
ヘンダーソンもインサイドハーフという最適なポジションで、水を得た魚のように日々成長していく。クロップの影響か、徐々に持ち前のパスセンスも開花させていく。それまではどこかジェラードやコウチーニョに頼っていた前線へのパスだったが、積極性が出たことでパス精度も毎試合のように改善していく。
今はファビーニョが担当する守備的ミッドフィルダーでの試合も多かったが、長短のパスで試合の流れをうまく作り出すヘンドーは徐々に評価を高めていたが、ジェラードとの違いは、チームを勝たせられるか。つまるところ、リバプールを大会で勝たせること。
クロップも別名シルバーコレクターであり、ヨーロッパリーグ、チャンピオンズリーグと2年連続決勝に駒を進めるが、2年連続で敗戦。ヘンダーソンの影響力は増すばかりのはずが、ジェラードのインパクトと比べるとどうしても目減りしてしまう。
スティーブン・ジェラードをも超えるキャプテン
それでもサッカーの神様はヘンダーソンを見捨てなかった。昨年の雪辱を果たすため、トットナムとの同国対決となった2018-19年CL決勝で、歓喜の瞬間を迎える。リバプールは試合開始早々にPKで先制点を奪取し、オリギの追加点で得点差を広げる。試合を通して、トットナムに苦戦させられるものの、ファン・ダイクとアリソンを補強し、盤石の守備陣を有するリバプールは得点を与えず、試合は終了。
スティーブン・ジェラードも成し遂げたチャンピオンズリーグ優勝を果たし、キャプテンとしてCLカップを掲げた。試合後は観戦に来ていた父と抱き合う場面が有名で、入団当初苦悩した若武者が歴史に名前を刻んだ瞬間であった。
さらに今年。ジェラードが成し遂げられなかったプレミアリーグ優勝を果たそうとしている。新型コロナの影響で無観客での優勝決定となりそうだが、ワトフォードに負けるまで無敗でひた走ったチームを引っ張り続けたヘンダーソンが、ついにジェラードを超える瞬間を目撃することになりそうだ。