ジョーダン・ヘンダーソンはマンチェスター・ユナイテッド加入目前だった!?智将サー・アレックス・ファーガソンが自叙伝で告白…

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Ferguson on Henderson 未分類

言わずと知れた名将アレックス・ファーガソン。アバディーンからマンチェスター・ユナイテッドへ招聘されたスコットランド人監督は、レッドデビルズとともに数多くのタイトルを獲得。デイビッド・ベッカムやポール・スコールズらに代表されるファーギーチルドレンと一緒に黄金時代を築いた。

『サー』の称号も与えられた歴史に残る智将は、27年もの長期政権を維持し、アカデミー選手以外にも多くの若手を育て上げてきた。サンダーランドで期待の若手イングランドMFとして出場機会を増やしていたジョーダン・ヘンダーソンもまたファーガソンが注視して観察していた選手であった。

スティーブ・ブルースは、その昔マンチェスター・ユナイテッドで活躍し、名センターバックとして名を馳せた。キャプテンも務め、クラブ内での影響力は抜群であったとか。当時サンダーランドを率いており、アカデミー出身のジョーダン・ヘンダーソンを恩師アレックス・ファーガソンに獲得を薦めていた。

最終的にマンチェスターへの移籍は実現せずに、ライバルクラブであるリバプールへと完全移籍を果たした。獲得を見送った理由に挙げられたのは、独特の走り方から懸念された長期的なキャリア形成への危惧にあった。ファーガソンが2013年に発売された自叙伝で経緯が説明されている。

「私たちはヘンダーソンを何度もスカウティングしたし、スティーブ・ブルースは彼にゾッコンだった。」

「あるときヘンダーソンが膝から走り出しており、さらに背中を真っ直ぐにして走っていることに気付いた。近年のサッカー選手の多くが臀部(でんぶ)から足を出して走るにも関わらずだ。」

「私たちは彼の走り方が、将来的にキャリアで問題を起こすだろうと結論付けた。」

この物語はリバプールファンでは知っている方も多いだろう。ニワトリがごとく走る独特なスプリントを見せるジョーダン・ヘンダーソンだけに、不安になっても何ら不思議はなかったかもしれない。それでも、その後の進化と活躍は知っての通り。

リバプール加入後の数年間こそ絶対的なスタメンではなく、放出リストにも掲載されたが、ポジションを争うために残留した熱き男。ゲーゲンプレッシングを戦術にするユルゲン・クロップ監督の就任で確固たる地位を築き、中盤のハードプレスを牽引する存在として、欠かせない選手となった。

スティーブン・ジェラードから引き継いだキャプテンバンドも最初の頃は、似合っていなかったと言わざるを得ない。しかし、真面目で愚直に練習に励み、仲間を叱咤激励しながらも、優しく守り続ける姿勢は徐々にキャプテンにふさわしいものになり、いまでは世界でも有数のキャプテンとなった。

チャンピオンズリーグ、クラブワールドカップ、プレミアリーグなど主要タイトルをここ2シーズンで軒並み勝ち取り、優勝トロフィーを掲げる前に小刻みに踏み鳴らす足踏みは何度も見ても愛おしい。長年低評価を受け続けたが、最近では一気に評価が上昇し、リバプールを優勝に導いた能力が全世界で認められている。

2013年当時アレックス・ファーガソンの告白に対して、ヘンダーソンは全く影響はないよ!とさらりと交わしている。

「正直言えば、自叙伝に名前が出たことは光栄に思っている。アレックス・ファーガソンが少しでも僕のプレーをスカウティングしていた事実は、これまで正しいことを続けてきた証拠になるはずだ。」

「ユナイテッドの興味には全く知らなかったし、現状に満足しているよ。フットボールを楽しんでいるし、チームとして着実に成長している。」

当時はまさに難しい時期を過ごしていたはずのジョーダン・ヘンダーソン。もしマンUに移籍していたら…なんていう妄想も頭をよぎったかもしれないが、約2年後に出会う男が人生を変えるとは、この時点のイングランド代表MFは思いもしなかったはずである。

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